歴史を通じて見た千年来の敵、日本の罪悪
武力による日本の朝鮮侵略の序幕―「雲揚」号事件

【平壌3月4日発朝鮮中央通信】海に囲まれた島国である日本は、海外侵略を生存と発展のための最上の方策とし、その実行のために狂奔した。

自分らの歴史にブルジョア改革として知られた「明治維新」をきっかけに軍事封建的資本主義へ移行し始めた日本が唱えたのは、武力で朝鮮を征服すべきだという白昼強盗さながらの「征韓論」であった。

この好戦的な「征韓論」に従って朝鮮に対する軍事的侵攻の道に乗り出した日本侵略者は、1875年に「雲揚」号事件をつくり上げた。

これは、朝鮮を武力で侵攻するための口実を設けるために計画的に挑発した謀略事件である。

日本は、その年の5月と9月にいわゆる発砲演習をするとして、また「航路測量」を口実にして「雲揚」号を朝鮮の沿海に侵入させた。

その目的は、不平等的な条約を強要するための口実を設けるところにあった。

朝鮮に対する各種の軍事偵察行為を働き、防御施設がない地域や弱い地域を襲撃して数多くの罪なき住民を殺りくする蛮行に憤激した朝鮮守備兵たちは、侵略者を猛烈に攻撃した。

好機にめぐり合ったかのように「朝鮮側が日本に対して敵対行為をした」と言って公然たる武力干渉を開始した日本侵略者は、大砲と軍艦で朝鮮封建政府を威嚇・恐喝してその翌年の2月に侵略的かつ隷属的な不平等条約を締結した。

日本は、この「条約」に治外法権を規定したことを通じて朝鮮で封建国家の法にこだわることなく意のままに侵略と略奪をはじめあらゆる犯罪行為を働くことのできる法律的保証を設け、それに基づいて政治、経済、軍事など各分野にわたって朝鮮に侵略の魔手を深く伸ばすことができるようになった。

このように、「雲揚」号事件は、武力による日本の朝鮮侵略の序幕であった。---

www.kcna.kp (2026.03.04.)